大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所大法廷 昭和22年(れ)337号 判決 1948年11月17日

主文

本件上告を棄却する。

理由

鍛冶辯護人再上告趣意第二點及び小林辯護人上告趣意第一點について。

裁判所法施行令第一條の規定が憲法に適合しないものでないことは、既に當裁判所の判例とするところである。(昭和二二年(れ)第一二六號、同二三年七月一九日宣告大法廷判決参照)右と同一の理由により論旨は採用することができない。

同第三點について。

本事案においては、第二審判決は證據として植田淺夫竝びに森岩太郎に對する檢事聽取書の記載等を擧げ、さらに被告人の公判廷における供述及び被告人に對する檢事聽取書の記載とを綜合して犯行を認定する旨を判示している。そして原上告審は、第二審判決が被告人の自白だけで事実を認定しているのではなく、これと他の諸種の證據とを綜合して事実を認定したものであるとして右判決を是認したものである。それ故、第二審判決及び原上告判決には所論の違法は存在しない。

更に論旨は、前記植田と森とに對する檢事の聽取書中で、同人等が供述した事実については被告人が否認しているのであるから、同人等の供述を證據とするためには、公判廷に前記両人を證人として喚問すべきであると云うのであるが、本件に對し假りに所論のごとく刑訴應急措置法第一二條の規定の適用があるものとして、それに照して第二審判決を判斷するとしても裁判所には證人尋問をすべき職務はなく、被告人から證人尋問の請求がなければ、その供述を録取した書類を證據にとっても差支ないことは、既に當裁判所の判例とするところである。(昭和二三年(れ)第一六七號、同年七月一九日宣告大法廷判決参照)そして本件においては、かかる證人尋問の請求はなかったのであるから、論旨は理由がない。

次に檢事の關係人に對する聽取書における事実を被告人が否認していても、裁判所は被告人の右供述を採用しないで、他の證據を綜合して事実を認定できることは、寧ろ採證法上の原則であって、彈劾主義に反するものでないことは固より憲法第三七條の趣旨竝びに刑訴應急措置法第一二條の規定に亳も抵觸するものではない。

村上辯護人上告趣意第一點について。

論旨は第二審判決はその證據として檢事聽取書を擧げているが、この聽取書は檢事の被告人に對する強要によってできたものである。なぜならば被告人は右聽取書は檢事の理詰によって供述したに過ぎぬものであるからと云うのである。

しかし檢事の理屈攻めが果して強制にあたるか否かは、具體的の事実よって各場合に判斷せらるべきであって、何等具體的の事実を主張立證することなく漫然として檢事の理詰を以て強制だとすることはできない。

次の論者は、被告人がその犯意を否定するに足る事実を公判廷で供述したのを第二審が採用しなかったことを原上告審に對して強調したのにもかかわらず、原上告審が右主張を無視したのは第二審の肩を持ちすぎたものであって、憲法第三七條第一項の公平な裁判所ということができないし又憲法第七六條第三項にいう良心に從って裁判をしたということができぬと云うのである。しかし憲法第三七條第一項の公平な裁判所の裁判というのは、構成その他において偏頗の惧のない裁判所の裁判という意味であり、又憲法第七六條第三項の裁判官が良心に從うというのは、裁判官が有形無形の外部の壓迫乃至誘惑に屈しないで自己内心の良識と道徳感に從うの意味である。されば原上告審が、證據の取捨選擇は事実審の専權に屬するものとして第二審の事実認定を是認したのは當然であって強いて公平を缺き且良心に從はないで裁判をしたと論難することはできない。

同第二點について。

論旨は檢事の植田及び森に對する聽取書は刑訴應急措置法第一二條にいう證人その他の者の供述を録取した書類であるが上告審では同條但書に從って「これらの書類についての制限及び被告人の憲法上の權利を適當に考慮して、これを證據とすることができるのであるが、上告審は果して、これ等の考慮を拂ったか、若し拂ったならば、そのことを判示するのが相當であると思う。」とし、つまり上告審が、これ等の考慮を拂はなかったのは「法律の定める手續を遵奉しないで刑罰を科したことになるので、明に憲法第三一條の違反である。」というのである。しかし右第一二條の規定は裁判所が事実認定をするに當り證據として採否を定める基準に關するものであって、その性質上當然事実審のみに適用のある規定である。されば原上告審が證據調をしない以上、所論の第一二條但書を適用しなかったのは誠に當然であって憲法第三一條違反の問題を生じない、論旨は措置法第一二條の規定を誤解して原判決を攻撃しているに過ぎない。(その他の判決理由は省略する。)

以上各論旨は何れも採用することができない。

よって刑事訴訟法第四四六條に從い主文のとおり判決する。

この判決は、理由に關する、裁判官栗山茂、同齋藤悠輔及び同沢田竹治郎の各少數意見を除き、裁判官全員の一致した意見である。

裁判官栗山茂の、鍛冶辯護人上告趣意第二點及び小林辯護人上告趣意第一點竝びに鍛冶辯護人上告趣意第三點に關する意見は、夫々昭和二二年(れ)第一二六號同二三年七月一九日宣告大法廷判決及び昭和二三年(れ)第一六七號同年七月一九日宣告大法廷判決中に述べたところによって了承せらるべきである。

裁判官齋藤悠輔、沢田竹治郎の本件に對する意見は、次のとおりである。

各辯護人の本件再上告論旨は、辯護人鍛冶利一の上告趣意第三點を除き、すべて原上告判決に刑訴應急措置法第一七條所定の憲法適否に關する判斷存しないから、再上告の目的物を缺き、從って、再上告理由として不適法たるを免れない。また鍛冶辯護人の右論旨は原上告判決の判斷が同條所定の法令又は處分に關するものでなく、且つ該上告判決の判斷は正當であるから、再上告理由として不適法でもあり且つ理由もないもので、これまた採用するを得ない。

(裁判長裁判官 塚崎直義 裁判官 長谷川太一郎 裁判官 沢田竹治郎 裁判官 栗山茂 裁判官 真野毅 裁判官 小谷勝重 裁判官 島 保 裁判官 齋藤悠輔 裁判官 藤田八郎 裁判官 岩松三郎 裁判官 河村又介)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例